ヒプノセラピストblog愛(i)を持って
心(mind)に寄り添うことができますように

誰の期待に応えたいのか?

2020/03/12

親の期待に答えなきゃ。

これを無意識に持っている人は

少なくない。

親の存在はやはり大きい。

少なからず、親を裏切る事はしたくない。

幼少期に

両親や身近な人に

期待されている感覚を持つ。

それは、言葉に出さなくても

周りからこうなってほしいと思われている

事に気づき

そして、それに答えなければいけない。

と思う自分がいる。

周りからこうなってほしいと思われている。

それに答えなければいけない。

は切り離していいのだけど、

そこをセットにしてしまうのだ。

私の場合は更に、

もしその要望に答えられなかったら

私はダメなんだ…もセットにしてる。

自分で言うのもなんだが

私は、きっといい子ちゃんだったんだと思う。

他人の要望に答えたくない!

とかでもなく、

私は他人の要望に答えなければいけない!

とかでもない。

他人の要望も私の要望も

聞いてみる。

そして、自分がどう感じているのか?

自分はどうしたいのか?

ちゃーんと見る。

そこに、他人の要望に答えないからと言って

ダメなのでもないし

自分の要望を是が非でも通さなければ

ダメなのでもない。

もちろん、頼まれたら

できる限りのことはしてあげたいなと思うのは

普通の感情なのではないか。

だから、そんな自然体の自分を感じた上で

私はどうしたいのかを聞いていく。

そもそも、期待とは何か。

期待とは他人が人に持つものなのか?

親は子に

先生は生徒に

上司が部下に

彼女が彼氏に…

その逆も然り。

期待と聞くと

つい他人にかけてしまうものと思ってしまう。

果たして、本当にそうだろうか?

それを決めているのは誰だろう?

私は期待を自分にかけたい。

自分の可能性にかけたい。

自分を信じたい。

さらに、その期待は重苦しいものではなく

こうだったらいいなドキドキと

ライトに置いておきたいな。

そう感じた。